エリザシドモアのワシントンの桜並木は場所はどこ?経歴が気になる!

世界ふしぎ発見!花見が100倍楽しめる!桜をめぐる物語で

ワシントンD.C.の桜並木を作った女性が紹介されます。

エリザシドモアのワシントンの桜並木は場所はどこ?経歴が気になる!で記事を書いています。

早速ですが、それでは行ってみましょう!

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エリザシドモアのワシントンの桜並木とは?

桜

ワシントンに今、桜並木が存在する経緯は以下となります。

エリザシドモアは、1885年に日本からワシントンへ帰国する際に、

ワシントンD.C.に日本の桜を植える計画を考えたそうです。

海外のものを持っていこうという発想が凄いですね。

今でも外来種を持ち込むことには相当大変だと思いますが、

昔のほうがもっと法規制とかないので、厳しかったんではないでしょうか?

桜並木計画は、1909年、大統領となったウィリアム・タフトの

妻ヘレン・タフトが興味を持ったことで、現実化に向けて動いたそうです。

大統領婦人の力って凄いんですね。

ファーストレディの支援により計画は進みましたが、

桜を日本から持ってくるということでその間で病害虫が発生し、

そのたびに桜が焼却されていたそうです。

数々の失敗を繰り返しながら、今日の桜並木ができました。

西ポトマック公園等のワシントンでの桜を観に多くの人々が訪れています。

毎年、全米桜祭りが行われています。

エリザシドモアのワシントンの桜並木は場所はどこ?

米国の首都ワシントンD.C.の中心部を流れるポトマック川岸に桜並木があります。

Ohio Dr SW, Washington, DC 20024 アメリカ合衆国

 

ポトマック川沿いにあるので、ここだってところはないのですが、

この近辺には桜が植えてありますよ。

エリザシドモアの経歴は?

エリザシドモア

名前はエリザ・ルアマー・シドモアさんです。

生まれは、1856年10月14日で1928年11月3日に他界しています。

アメリカの著作家・写真家・地理学者で、

ナショナルジオグラフィック協会初の女性理事となった人です。

1885年から1928年にかけて日本を何回も訪れた親日家であります。

ワシントンD.C.のポトマック河畔に桜並木を作ることを提案した人です。

オーバリン大学を卒業しました。

兄のジョージ・シドモアが在日副領事であり、

1884年に来日し、桜と日本の文化に深く感動したそうです。

1885年に初めて書いた『アラスカ、南海岸とシトカ諸島』を出版。

1891年に「日本での人力車旅情」を出版し、

日本人や桜の名所を紹介するなどの活動をしています。

1892年に短編ガイド『西回り極東への旅』を出版。

1896年には明治三陸地震津波の被災地に入って取材し、

英語文献で「津波(Tsunami)」 という言葉が始めて使われていたそうです。

1897年に『ジャワ、東洋の園』を出版。

1900年に『中国、悠久の帝国』を出版。

1902年に『冬のインド』を出版。

その間にも『ナショナル・ジオグラフィック・マガジン』の記事も書いております。

1907年に『ハーグ条約の命ずるままに』を出版。

これ以降、本の出版はしておりません。

1914年に『ナショナル・ジオグラフィック・マガジン』に「日本の子どもら」という記事を

最後に以後、書いておりません。

1928年11月3日、ジュネーブで他界されております。

横浜外国人墓地に眠っているそうです。

1991年にワシントンのポトマック河畔から桜を持ってきて植えられており、

「シドモア桜」と名付けられています。

日本から持っていって日本に帰ってきたんですね。

逆輸入じゃなくて、その場合はなんっていうんでしょうね。

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