小此木八郎(おこのぎはちろう)の経歴や派閥は?家族や父が気になる!

内閣改造で国家公安委員長兼防災担当大臣に

自民党の国会対策委員長代理の小此木八郎さんが

初入閣しました。

小此木八郎(おこのぎはちろう)のプロフィール、

経歴や派閥、家族や父を調査しました。

早速ですが、それでは行ってみましょう!

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小此木八郎さんのプロフィール

名前は、小此木 八郎(おこのぎ はちろう)さんです。

生年月日は、1965年6月22日です。

年齢は、2017年8月2日現在、52歳です。

神奈川県横浜市中区生まれです。

高校は、玉川学園高等部を卒業しています。

大学は、玉川大学を卒業しています。

大学時代に野球部に所属しており、ピッチャーとして

活躍していました。

国会議員に読ませたい本とは気になりますね!

小此木八郎さんの経歴

1989年4月に小此木彦三郎さんの衆議院議員秘書

1992年に渡辺美智雄さんの衆議院議員秘書

1993年7月に第40回衆議院議員総選挙で初当選

1993年7月に自民党神奈川県連顧問

1993年8月に自民党商工副部会長

1993年8月に自民党青年局次長

1996年11月に自民党法務、交通副部会長

1998年8月に自民党法務部会長代理

1999年10月に文部政務次官

2003年11月に衆議院安全保障委員長

2004年9月に経済産業副大臣

2005年9月に経済産業副大臣(再任)

2012年12月に第46回衆議院議員総選挙で衆議院議員に復帰

2016年8月に自民党国対委員長代理

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小此木八郎さんの派閥は?

小此木八郎さんは、派閥に所属していません。

派閥は、出身や利害などの関係による、人々の排他的なつながりです。

派閥の詳しい説明は以下に書いています。

かつては派閥内の結束は強く、夏は「氷代」、冬は「餅代」などと

称して所属議員に資金を援助する派閥も存在し、

55年体制下においては、新人議員は陣笠議員として各派閥に入り、

当選回数・職歴を重ね、そして派閥の意向を酌みつつ政治活動に励んでいた。

また中選挙区制の時代には、自民党は各選挙区に複数の候補者を擁立していたが、

同一選挙区に同じ派閥に所属する候補者が複数立つことは無かった。

同一選挙区の自民党候補者は保守層の票を奪い合うこともあり、

極めて険悪な関係にあった(かつて政界で一番仲が悪いものは、

自民党の同じ選挙区の議員同士ともいわれた)。 55年体制、

特に1970年代末から1990年代初頭においては、自民党の派閥は

五大派閥に収斂されていた。これは、当時の中選挙区制では、

最大定数が5であったためデュヴェルジェの法則により

候補者も収斂されていったためである。

2005年の衆議院総選挙の後では、自民党総裁であった

小泉純一郎首相が新人議員(小泉チルドレン)が派閥に属することを禁じ、

「新人議員研修会」を開いて党が教育すると述べた。しかし、

本来はどの組織にも属さない筈の「無派閥」議員が「新人議員研修会」と

いう形(83会)で組織的なまとまりを帯び出し、マスコミからは「小泉派か?」と評された。

そして1年後には半数近くの新人議員が派閥入会するに至っている。

引用元:wikipedia

同じく梶山弘志氏も内閣府特命担当大臣

(地方創生規制改革)として初入閣しています。

梶山弘志(かじやまひろし)の経歴と派閥は?娘や家族は?

小此木八郎さんの父や家族は?

小此木八郎さんの父親は、建設大臣、通商産業大臣、

自由民主党国会対策委員長等を

歴任した衆議院議員の小此木彦三郎さんです。

三男として小此木八郎さんが生まれています。

生年月日は、1928年1月26日で、 1991年11月4日に他界しています。

祖父は衆議院議員の小此木歌治さんです。

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