沢田サタのレストランの名前と場所は?夫と子供や本が気になる!

徹子の部屋に戦場カメラマン沢田教一さんの

妻の沢田サタさんが現在、年齢が92歳と

高齢ですが、出演します。

「安全への逃避」でピュリツァー賞を受賞した旦那は、

34歳の若さで戦地で他界しています。

沢田サタのプロフィールと経歴、レストランの名前と場所、

旦那と子供や本を調査しています。

早速ですが、それではいってみましょう!

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沢田サタさんのプロフィールと経歴

名前は、沢田サタ(さわだ さた)さんです。

年齢は、2017年8月15日現在、92歳です。

出身地は、青森県弘前市です。

沢田サタさんは、「いつか外国に行きたい」という

あこがれを持つ「好奇心おう盛の怖い物知らず」女の子だったそうです。

18歳の時に一人で、知り合いを頼って満州にいったこともあります。

満州に行けば、「中国の料理が食べられるかなと」思ってたそうですよ。

戦後は、青森県三沢市の米軍基地でハウスキーパーを仕事とし、

洋食を学びました。

1956年に沢田教一さんと結婚します。

電報での以下のプロポーズを受けたそうですよ。

「セキイレマシタ・マイオクサン」

青森県三沢市で新婚生活をしていましたが、

上京します。

沢田教一さんは、UPII通信社のカメラマンとなり、

その後ベトナムに渡ります。

1966年から1968年は、ベトナムのサイゴンに住んでいました。

1969年から1970年は、香港に住んでいました

その後、沢田教一さんが他界後、出身地である

青森県弘前市内に住んでいます。

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沢田サタさんのレストランの名前と場所は?

沢田サタさんのレストランの名前は、「グルメさわだ」です。

自宅を開放したレストランで、

1日1組のお客様のみだけ、沢田サタさんの

料理を食べることが可能なんです。

ハーグ世界報道写真展のグランプリ、ピュリッツアー賞などを受賞した

「安全への逃避」の写真が飾られています。

「安全への逃避」の写真は、幼子の手を握り、赤ん坊を腕に抱えて必死に

川を渡る二つの家族の姿がとらえられている。

日常の暮らしを一瞬にして壊す戦争への、無言の抗議が伝わる写真です。

この写真です。

住所は青森県弘前市清原3丁目13−61です。

<b></b>青森県弘前市清原3丁目13−61

 

最寄り駅は、千年駅です。

電話番号は、0172-35-4378です。

沢田サタさんの夫は?

沢田サタさんの夫は、沢田 教一(さわだ きょういち)さんです。

生年月日は、1936年2月22日 で、

年齢が34歳の 1970年10月28日にプノンペンで他界しています。

報道写真家です。

ベトナム戦争を撮影した「安全への逃避」で

ハーグ第9回世界報道写真コンテスト大賞、

アメリカ海外記者クラブ賞、ピューリッツァー賞を受賞しています。

8月16日の終戦記念日に改めて戦争について

この写真集を見て考えることも必要ですね。

沢田サタさんの子供は?

沢田サタさんと沢田 教一さんの子供を調査しましたが、

お子さんは居ないようです。

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沢田サタさんの本は?

今までに4冊本を出版しています。

・沢田教一ベトナム戦争 1989/4出版

・泥まみれの死 (講談社文庫) 1999/11/12出版

・沢田教一プライベートストーリー 2005/7出版

・戦場カメラマン沢田教一の眼―青森・ベトナム・カンボジア1955-1970 2015/5/30出版

4冊とも沢田 教一さんの写真についての本ですね。

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