舛岡富士雄はノーベル賞候補で東北大学出身!訴訟後の現在や経歴は?

男性

NHKのブレイブ 勇敢なる者「硬骨エンジニア」で

元東芝社員の舛岡富士雄(ますおか ふじお)さんが

紹介されます。

 

舛岡富士雄さんはフラッシュメモリーを開発した

ひとなんですよ♪

今や家電製品も使われているフラッシュメモリを

開発した舛岡富士雄さんについて調べてみました。

 

・wikiプロフィールと経歴

・ノーベル賞候補で東北大学出身

・訴訟後の現在

 

早速ですが、それではいってみましょう!


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舛岡富士雄のwikiプロフィール

名前は、舛岡 富士雄(ますおか ふじお)さんです。

舛岡さんって難しい感じですよね。

 

増岡さんって苗字はたまにみますが、

舛岡さんって全国にどれぐらいいるか

気になったので調査しました。

 

舛岡さんは全国に、およそ720人です。

おー1000人以下とは少ないですよね。

そーりゃあ見かけないはずですね。

 

苗字の全国順位は、 10,104位です。

 

生年月日は、1943年5月8日です。

年齢は2017年11月23日現在、74歳です。

 

出身は、 群馬県高崎市です。

 

舛岡富士雄の学歴を紹介しますね。

舛岡富士雄の学歴

学歴

1962年に群馬県立高崎高等学校を卒業します。

群馬県の男子校の進学校ですね。

2017年度の偏差値は、69です。

 

卒業生は、元内閣総理大臣の中曽根康弘さん、

同じくや元内閣総理大臣の福田赳夫さんが

いますね。

総理大臣を二人も輩出している学校なんですね。

1966年に東北大学工学部電子工学科を卒業します。

2017年度の偏差値は、 57.5~60.0です。

 

研究室は西澤潤一研究室でした。

 

東北大学を卒業後、

東北大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程に進みます。

1968年に東北大学大学院工学研究科電子工学専攻修士

課程修了します。

 

東北大学大学院工学研究科電子工学専攻修士

課程修了後、東北大学大学院工学研究科博士後期課程

に進みます。

1971年に 東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了

し、工学博士となります。

 

ずっと東北大学で勉強してきたんですね。

後に東北大学名誉教授となります。

 

その後、就職することになります。


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舛岡富士雄の経歴

1971年に株式会社東芝に入社します。

 

1980年に NOR型フラッシュメモリを発明します。

ここで初めてフラッシュメモリが発明されたんですね。

 

もともと営業職をしていましたが、

まったく売れなかったようです。

 

そのときに、性能は最低限で安いものが

欲しいとユーザからよく言われていたそうです。

 

そこで性能を落とし、コストを4分の1に下げた

製品がフラッシュメモリとなるんですよ!

 

ユーザの声に答えるのは大切なことが

判りますね!

 

1986年にNAND型フラッシュメモリを発明を発明します。

しかし、半導体事業は莫大な初期投資費用がかかるため

あまり社内では評価されていなかったようです。

 

今やフラッシュメモリは凄い産業になっていますが、

その時代には判断できなかったんですね。

今の東芝を見ていると・・・

ちょっと残念だなぁと思っちゃいますね。

 

1994年に東芝を退社します。

退社理由としては、研究を続けたかったかったが、

研究費も部下も付かない技監(窓際族?)を

薦められていたのが原因です。

 

東北大学大学院情報科学研究科の教授となります。

母校に戻ってきた研究を続けたんですね。

 

研究の結果を若い人に

伝えたかったんでしょうね。

1996年に東北大学電気通信研究所の教授になります。

1997年にIEEEモーリス・N・リーブマン記念賞を受賞しました。

2004年に日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者(CTO)

に就任します。

 

フラッシュメモリの容量を10倍に増やす技術や

三次元構造のトランジスタを研究しています。

2007年に紫綬褒章を受章します。

2013年に文化功労者となります。

2016年に瑞宝重光章を受章します。

 

凄い経歴の持ち主ですよ。

技術が認められて紫綬褒章、文化功労者、

瑞宝重光章を受賞することになっていますからね。

 

なぜ東芝が評価できなかったのが・・・

その時の判断なので仕方がないですよね。

 

しかし、日本でも判断できる人がいなかったと

舛岡富士雄さんが話していますので、

東芝だけってよりは日本の考え方が古すぎたんですね。

舛岡富士雄はノーベル賞候補!

画像

舛岡富士雄さんは、フラッシュメモリを

開発したことでノーベル賞候補ではないかと

噂になっていますよね。

 

あくまでノーベル賞候補にあがるかもってことで、

まだノーベル賞候補にあがっていないですね。

 

ノーベル賞の候補者っていろいろな

判断内容で、選ばれていると思うので、

首長くしながら待つしかないですね。


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舛岡富士雄は訴訟後の現在は?

男性

実は、舛岡富士雄さんは、フラッシュメモリの

特許の件について、東芝に対して

2004年3月2日に訴訟をしておりました。

ニュースでやっていたことを思い出しました。

 

訴訟の内容は、

東芝は、フラッシュメモリにおいて200億円以上の利益を

あげており、その対価をもらえるべきではないかとのことです。

 

2006年7月27日に東芝と和解が成立し、

舛岡富士雄さんは、東芝から8700万円を

受け取ることになりました。

 

現在は、 東北大学名誉教授で

日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者で

活躍されています。

 

この人も注目の人ですね。

湯澤剛(湯佐和社長)の居酒屋や講演会は?経歴や年収を調査!

 

まとめ

舛岡富士雄さんを調査した結果、

 

・いずれはノーベル賞候補者にあがるのではないか?

・現在は、東北大学名誉教授で

 日本ユニサンティスエレクトロニクス株式会社最高技術責任者

 として活躍している

・訴訟で東芝から東芝から8700万円を勝ち取っている

 

NHKのブレイブ 勇敢なる者「硬骨エンジニア」で

どうやって放送されるか気になりますね。

 

この前の時間には、安室奈美恵さんの

独占インタビューの特集が組まれているので、

見る人が多いのではないでしょうか?

 

楽しみに放送を待っていましょう!

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2 Responses to “舛岡富士雄はノーベル賞候補で東北大学出身!訴訟後の現在や経歴は?”

  1. 今城啓子 より:

    はじめまして。このNHKの番組を観て大変感銘を受けたところでした。Facebook投稿をしておりまして、検索してシェアさせていただきました。お断りなく失礼致します。。
    近視眼的な採算管理など踏み倒して、これはと思うものを守り抜かないと革新的な技術は生まれない点、舛岡富士夫さんの素晴らしい偏屈的?こだわりに良く現れていたと思いました。これを許容できる度量ある日本になって欲しいものだなと、再度つくづく思いました。検索したら舛岡さんが同郷とも知り、とても嬉しかったです。因みに高崎は革命児は音楽でも輩出しており、氷室京介とか、彼と同級の早逝した山田かまちとか、おります。東芝の限界を指摘されつつ、東芝だからできたという点も良く分かります。日本のインターネットのテストベッドは旧KDD研究所だったはずですが、同じ伝統は流れてました。今は変な経営手法で潰れてないことを祈ってますが。

    • nomucci より:

      コメントありがとうございます。

      facebookへのシェアは問題ありません。

      記事が役に立っていただいたようで、
      それだけで良いです。

      ありがとうございます。

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